都電・バス・地下鉄の“いま・むかし”

大正時代の市電の窓から
大正時代の市電の窓から
今年の8月1日に、東京交通局が創業100周年を迎えます。この大きな節目を記念した特別展「東京の交通100年博〜都電・バス・地下鉄の“いま・むかし”〜」を訪れ、明治から大正、昭和、そして平成へと至る東京の交通の歴史を学んできました。

意外だったのは、明治5年には新橋−横浜間に鉄道が開業し、近代交通の歴史が始まっていたこと。しかし、その運賃の高さから市民が気軽に利用できるものではなく、東京市内の市民の足としては人力車や馬車が普及します。その後、馬車鉄道が市内交通の主役になっていったそうです。

市電(後の都電)は明治30年代からスタートしていますが、今から100年前の明治44年(1911年)に、東京市電局が開業。その後、路線網を拡大し、大正8年には1日平均乗車客が100万人を超え、満員電車が東京の代名詞となるほどの混雑ぶりをみせました。

一方、関東大震災から4カ月後の大正13年から市営バス(後の都営バス)が始まります。震災の影響で路面電車の復旧に時間がかかる中で、アメリカから輸入されたバスが市民の足として急速に普及します。

昭和30年代は都電の黄金時代となりますが、自動車の普及と共に、都電が交通渋滞の原因となり、荒川線以外の路線が廃止されてしまいます。都営地下鉄は昭和35年から都電にかわる足として普及していきます。現在、都営交通(東京都交通局)では、都営地下鉄、都営バス、都電荒川線、新交通日暮里・舎人ライナー、上野動物園モノレールと5つの交通機関を持っています。

この100年間に様々な変化を遂げた東京の交通機関。地域の交通が私たちの生活といかに密着し、共に時代を歩んできたかを実感しました。生活事情もエネルギー事情も大きく変わっているであろう今から100年後の東京の交通は、どのようになっているでしょうか?