未来の命を守るために~3.11東北被災地を訪れて~
東日本大震災から15年。7月に福島・宮城・岩手の被災地を会派で視察へ。各県庁の皆さん、現地の方々から復興の歩みとともに、今なお続く課題を伺いました。 「家族を失い、家を失い、まちを失い、何もかもが奪われたあの日」から、諦めずに前へ進んできた15年の重みを胸に刻む視察となりました。


⚫︎復興の現場で感じたこと
高台移転や土地の嵩上げが進み、新しいまちが形づくられていました。




一方で、コミュニティの分断、若い世代の流出、担い手不足、海水温の上昇による水産業への影響など、震災による被害とは別の課題も深刻化しています。岩手県では、いわて水産アカデミーにより、漁業に携わる新たな担い手を育成したり、基金により事業を応援しています。宮城県の気仙沼では、魚市場でセリの様子も見学させていただきました。ちょうど漁船が着いて水揚げが行われていました。外国人の漁師さんも増えているそうです。



県や地域によって、課題も様々です。
「復興とは何を指すのか」「どこまで進めば復興と言えるのか」 現場に立つことで、「復興」という言葉の重さを改めて感じました。


⚫︎大川小学校で語り部の方から聞いた「命の教訓」
石巻市の大川小学校では、語り部の方から3.11の話を伺いました。 全児童が犠牲となった事実、助けたい思いが届かなかった無念、そして語り続けることを選んだ親としての覚悟。涙があふれました…。

どれほどハザードマップが整備されても、「事前の話し合い」「平時の訓練」がなければ命は守れない。 学校のすぐ裏にある裏山にのぼっていれば助かったであろう命を守れなかった無念と、日頃からの訓練の大切をを、娘さんを津波の被害で亡くした親でもある語り部の方は身をもって話してくださいました。

大川小学校の校舎は震災遺構として残され、未来へ教訓を伝える場所としてのメッセージを発進していました。

⚫︎岩手県・田老で聞いた「海と生きる覚悟」
岩手県田老では、津波で骨組みだけになった「たろう観光ホテル」の6階に上り、語り部の方のお話を伺いました。度重なる津波被害を受けてきた地域全体で、「海と共に生きる」覚悟を持ちながら、全住民が避難できるまちづくりを進めてきたこと。それでも「想定外」は起こりました。だからこそ、東京の子どもたちにも、現地で学ぶ防災教育の機会の必要性を強く感じました。




⚫︎福島第一原発の今
福島では東京電力廃炉資料館と福島第一原発を訪れ、原発事故の影響が残る地域と廃炉作業の現場を視察しました。


家に戻れない区域が今なお存在感し、避難指示が解除された地域でも住民の帰還は1〜2割ほど。 廃炉まで40年と言われる長い道のり、連日作業にあたる人々、処理水の保管にも必要な膨大な土地が必要です。地震大国である日本が、原発に依存し続けることの危うさを改めて痛感しました。
再エネ推進のため、福島県内では広い土地を活用してあちこちに太陽光パネルが設置されていました。

県内にある水素エネルギーの現場も視察しました。製造コストはまだ高いものの、技術革新をすすめて再生可能エネルギーの拡大と省エネ型の暮らしへの転換は不可欠です。

何よりも、福島原発の電気を使ってきた東京都だからこそ、 国に先駆けて原発に依存しない再生可能エネルギーへの転換を進める責任があると強く感じました。
⚫︎震災の記憶と教訓を次世代へ確実に伝えるために
被災地で語り継がれているのは、悲しみだけではありません。 「命を守るために何をすべきか」「同じ過ちを繰り返さないために何が必要か」 など、未来にむけた希望と期待の込められたメッセージでした。そして被災者の記憶が薄れないうちに多くの人に伝承していくことも体制綱取り組みです。
視察で得た学びをこれからの活動と政策に活かしていきます。



